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神戸地方裁判所 平成11年(行ウ)24号 判決

原告

A株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

木ノ宮圭造

被告

西宮税務署長 林貞好

右指定代理人

草野功一

高谷昌樹

久井亮仁

松尾安起

新免久弘

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が原告に対し、平成一〇年一月二七日付けで原告の平成七年一一月一日から平成八年一〇月三一日までの事業年度の法人税についてした更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件処分」という。)のうち、所得金額マイナス一二〇万三二四二円、納付すべき税額二五三万二三〇〇円を超える部分を取り消す。

第二事案の概要など

一  事案の概要

本件は、被告が別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)が棚卸資産(商品)であることを理由にしてなした本件処分が違法であるとして、原告が本件処分のうち、確定申告による所得金額マイナス一二〇万三二四二円、納付すべき税額二五三万二三〇〇円を超える部分の取消しを求める事案である。

二  当事者間に争いのない事実

1  原告は、不動産の賃貸、管理、売買などを目的とする同族会社で、青色申告の承認を受けて法人税の申告をしている。

2(一)  原告は、昭和五六年九月四日付け不動産売買契約に基づき、乙より本件土地及び別紙物件目録二記載の土地(以下「近隣土地」という。)を一四二〇万円で買い受けた。

(二)  原告は、本件土地及び近隣土地を、昭和五六年一一月一日から昭和五七年一〇月三一日までの事業年度(以下「昭和五七事業年度」という。)の確定申告書の賃借対照表において、販売用土地(棚卸資産)として計上した。

(三)  原告は、近隣土地を、神戸市垂水区下畑町字松山ほか三筆の土地とともに、昭和五七年七月二四日付け売買契約に基づき、B株式会社に売り渡した。

(四)  原告は、昭和五七年一一月一日から昭和五八年一〇月三一日までの事業年度(以下「昭和五八事業年度」という。)の確定申告書の損益計算書において、本件土地の取得費を、近隣土地を売却した際の売上原価として損金に計上することにより、本件土地を賃借対照表の販売用土地から消却した(いわゆる薄外処理)。

(五)  原告は、平成八年一月一一日、阪神高速道路公団(以下「公団」という。)に対し、神戸市道高速道路湾岸線(七期)事業(以下「本事業」という。)に供するため、本件土地を四一五六万六八〇〇円で売り渡した。

三(一)  原告は、平成七年一一月一日から平成八年一〇月三一日までの事業年度における法人税の確定申告において、本件土地の譲渡対価を四一五六万六八〇〇円、売上原価を零円として、租税特別措置法(以下「措置法」という。)六五条の二(収用換地等の場合の所得の特別控除)第一項を適用し、特別控除額四一五六万六八〇〇円を控除して所得の金額を計算して、法定申告期限までに別表一確定申告欄記載のとおり申告した。

(二)  被告は、本件土地は棚卸資産に該当し、措置法六五条の二第一項の適用はないとして、原告に対し、平成一〇年一月二七日付けで、別表一更正欄記載のとおり、所得金額二八七一万九二二九円、納付すべき税額一一三三万三八〇〇円とする法人税更正処分及び過少申告加算税一一九万三〇〇〇円の賦課決定(本件処分)をした。

その所得金額及び法人税額の計算は、別表二のとおりである。

(三)  原告は、平成一〇年三月二三日、被告に対し、本件処分に対する異議申立てをしたところ、被告は、同年六月一六日付けで棄却の異議決定をした。

(四)  原告は、平成一〇年七月一〇日、国税不服審判所長に対し、審査請求をしたところ、国税不服審判所長は、平成一一年二月二四日付けで同審査請求を棄却する旨の裁決をした。

三  争点

1  本件土地売却代金について、措置法六五条の二第一項の収用換地等の場合の所得としての特別控除が認められるかどうか、換言すると、本件土地が同条項適用の対象から除外される棚卸資産に該当するか否か。

2  被告の本件処分は、信義則に反するものであるか。

四  争点に対する当事者の主張

1  争点1について

(被告の主張)

本件土地は、棚卸資産に該当するから、その公団への売却代金については措置法六五条の二第一項による特別控除は認められない。

(一) 措置法六五条の二第一項において、収用換地等の場合の所得の特別控除が適用される資産とは、措置法六四条一項の規定を引用して、法人の有する資産のうち、法人税法二条二一号に規定する棚卸資産を除く資産をいうものと定められている。

そして、右法人税法二条二一号は、棚卸資産の定義として「商品、製品、半製品、仕掛品、原材料その他の資産(有価証券を除く。)でたな卸をすべきものとして政令で定めるものをいう。」と定め、右にいう政令である法人税法施行令一〇条は、棚卸資産として、「〈1〉商品又は製品「副産物及び作業くずを含む。)、〈2〉半製品、〈3〉仕掛品(半成工事を含む。)、〈4〉主要原材料、〈5〉補助原材料、〈6〉消耗品で貯蔵中のもの、〈7〉前各号に掲げる資産に準ずるもの」を列挙している。

(二) 一般的に、商品とは、販売業者が販売目的で所有している資産と解されるから、土地の販売を業とする者(不動産販売業者)が販売する目的で所有している土地は、商品に該当する。

ところで、法人が商品として所有していた棚卸資産たる不動産が、その法人の事業の用に供し、又は供する目的で所有する固定資産に転化したと認められるためには、単にその旨の株主総会決議があっただけでは足りず、事業の用に供し、又は供すべきことが客観的資料によって担保されていることが必要である。

(三) 本件土地は、販売目的で取得された土地であり(乙二、三)、原告が近隣土地を売却した際に貸借対照表から消却していなければ、その後もずっと棚卸資産として計上されていたものである。そして、原告は、本件土地の所在地が不明であったことから、その具体的利用計画を有しておらず、実際も、公団に買い取られるまで自己の土地として利用していなかったのであるから、固定資産には、該当しない。

したがって、原告が棚卸資産として取得した本件土地は、その後も固定資産に転化したものでなく、たまたま、原告の帳簿上に棚卸資産として計上されていなかっただけで、公団に買い取られた時点においても棚卸資産であった。

(原告の主張)

本件土地は、固定資産であって、棚卸資産には該当しないから、本件土地の公団への売却代金については、措置法六五条の二第一項による特別控除が認められる。

(一)(1) 法人税法上、法人が所有する土地は、二条二一号にいう棚卸資産であると明確に認定されない限り、同条二三号の原則に従って、固定資産と解されるべきである(同法施行令一二条)。したがって、棚卸資産であることが合理的疑問の余地なく立証されない限り、本件土地は、固定資産と推定される。

(2) また、本件土地が棚卸資産か否か(措置法六五条の二第一項の適用の成否)は、原告が公団から本件土地買取りの打診を受けて、譲渡契約を締結するに至った時点を基準として考えるべきである。

(二) 原告は、本件土地を購入した当時、本件土地が所在すると考えていた字松山の区域は賃貸経営用地に供する目的で所有していた。原告は、本件土地の購入当初、「垂水土地仕入れ」なる名称の勘定科目で処理していたが、それは、会計学で言う仮勘定であり、賃借対照表に掲げる場合にはかかる仮勘定の名称のまま掲記すべきでなく、適当な意味内容を示す勘定科目をもって表示すべきであるから、販売用土地勘定なる科目をもって賃借対照表に表示したのであるが、これは、本件土地を含めている点で厳密には不正確であった。しかし、「垂水土地仕入れ」なる勘定科目が仮勘定であることに変わりはなく、そこに表示された資産としての性質も仮勘定であることに変わりはなく、本件土地は、性質上棚卸資産ではあり得なかった。それは、本件土地を取得した際の国土利用計画法上の届出を資材置き場としていることからも明らかである。

(三) ところで、原告は、本件土地の所在位置が不明であったことから、薄外処理をしているところ、薄外であって、その所在位置が不明である限り、棚卸しできないことは明らかであるから、薄外処理をした時点で本件土地は確定的に棚卸資産でなくなった。仮に、本件土地の所在位置が後日明らかとなった場合も、本件土地が第二神明道路の道路敷地内に取り込まれていたにしても、公団に買収された位置に存在したにしても、本件土地は、開発が不能で、造成地として販売することもできない土地であって、原告が販売目的で所有することはありえない以上、法人税法施令法一〇条各号のいずれにも該当せず、棚卸資産と見ることはできない。なお、神戸市は、本件土地について固定資産税、特別土地保有税を課税していたが、調査の結果本件土地は存在しないとして、平成六年度から非課税とする措置をとっている。

2  争点2について

本件処分は、信義則に反するから、取り消されるべきである。

(原告の主張)

(一) 公団は、原告と本件土地の売買について交渉する際、事前に国税当局と協議した上、本件土地については、措置法六五条の二第一項の適用があると確認し、原告にそれを告知し、それを信じた原告から円滑に本件土地を取得した。

(二) 被告は、公団との事前協議の際、本件土地について、「収用等の五〇〇〇万円控除の特例の適用」(甲一〇の1ないし3の欄外の記載)、すなわら措置法六五条の二第一項の適用を受けることができると無限定に承認しているはずである。それにもかかわらず、同条項の適用がないのと理由でなした本件処分は、公団に対する説明と矛盾するものであり、信義則に反する。被告と公団が別個の機関であることは明らかであるが、いずれも国の行政権を分掌しているのであって、その役所の一方が税制上の利益を享受できることをもって誘い、事業用地を取得しておきながら、他方が右誘いは誤りであったと言い立てて課税するのは、許されない。

(被告の主張)

原告の信義則違反との主張は理由がない。

(一)(1) 課税庁と収用権者との間で行う事前協議は、措置法において種々の課税の特例が設けられていることに関して、特例の適用関係について爾後の問題発生を未然に防止することを目的として行われるもので、収用などにかかる事業が特例の対象となる事業かどうかを相互に確認するためのものである(乙五の三三ないし三七頁)。その協議内容は、起業者側の事業が措置法六五条の二第一項に規定する特例の適用対象となる事業に該当するかどうか協議するものであって、被買収者側の個々の資産の保有状況について協議したり、同特例の適用の有無について個々に判断したりすることまではしない。

(2) 仮に、公団が原告に対し、本件土地の買収に当たり、その買収が右特例の対象となるものであることを告知していたとしても、同特例は、法文上棚卸資産には適用がないことが明らかであるから、原告は、この前提をもとに行動すべきであった。

(二) 被告と公団は別個の機関である以上、公団の行為を理由に被告の本件処分について、信義則違反を主張することはできない。

第三当裁判所の判断

一  まず、争点1、すなわち、本件土地が棚卸資産に該当するか否かについて、判断する。

1  措置法六五条の二第一項の収用換地等の場合の所得の特別控除は、法人税法二条二一号に規定する棚卸資産には適用されないところ(措置法六四条)、右法人税法二条二一号は、棚卸資産について、「商品、製品、半製品、仕掛品、原材料その他の資産(有価証券を除く。)でたな卸をすべきものとして政令で定めるものをいう。」と規定し、それを受けた同法施行令一〇条は、その一号で「商品又は製品(副産物及び作業くずを含む。)」と規定している。土地についていえば、不動産業者がその事業の過程において顧客に販売する目的を持って所有する土地は、当該不動産業者にとって、商品の性質を有するものであるから、棚卸資産に該当すると解するのが相当である。これに対し、不動産業者が自身の店舗の敷地又は賃貸用のマンションの敷地などに現に供しており、又は供する目的で所有している土地は、棚卸資産ではないと解するのが相当である。

そして、本件土地の売却代金について、措置法六五条の二第一項が適用されるための時的要件(何時の時点で、本件土地が棚卸資産でないとの性質を有していることを要するか。)については、本件土地の取得時点における性質(所有目的)ではなく、その譲渡をした時点における性質でもって決すべきものと解するのが相当である。

2  そこで、原告が本件土地を公団へ譲渡した時点において、本件土地が棚卸資産であったかどうか検討する。

(一) 証拠(甲三、四の2・3、乙二、六、七、証人丙)によれば、以下の事実が認められる。

(1) 原告は、昭和五五年以前から本件土地を含む一体の土地を買い集め、開発した上販売するための開発事業を計画していた。

(2) 原告は、本件土地を含めて買い集めた土地について、開発を予定し(甲三)、開発予定(計画)図面(甲四の2・3)を作成しているが、同図面において、本件土地の位置については、一戸建ての敷地となる旨の記載がなされていた。

(3) 原告は、昭和五八事業年度の会計処理において、本件土地を薄外処理しているが、それは、本件土地の位置が不明で、現実にそれを売却することが困難であったからである。

(4) 原告は、本件土地を自ら使用したり、第三者に貸し付けたりしたことがなく、その予定をしたり、計画を立てたりしたこともない。

(5) 原告は、公団から本件土地の買収の話があった際、原告側において、自己使用目的や第三者使用などそれを妨げるような事情がなかったため、その申入れを受け入れた。

(二) 右(一)認定の事実及び前記第二の二の当事者間に争いのない事実を踏まえて検討するに、不動産業者である原告は、本件土地を販売目的で取得し、販売のためにその開発を考えていたところ、昭和五七事業年度の確定申告の際の賃借対照表にも本件土地を棚卸資産として計上しており、その後、本件土地を自ら使用したり、第三者に貸し付けたりしたことがなく、その予定をしたり、計画を立てたりしたこともなかったものであって、現実にも当初の目的に沿った内容で利益を得て公団に売り渡しているのであるから、原告は、公団への譲渡の際も本件土地を販売目的で所有していたものであって、本件土地は、その時点においても棚卸資産であったと推認される。

ところで、原告は、本件土地を購入した当時、本件土地が所在すると考えていた字松山区域は賃貸マンション又は賃貸の一戸建の用地に供する目的で所有していた旨主張し、証人乙は、それに沿う証言をしている。しかし、原告の昭和五七年事業年度の確定申告の際の賃借対照表上の記載は、その内容と相反する内容(「販売用土地」として記載されている。)となっている上、本件土地を含む土地の開発予定図面でも、本件土地の位置については、一戸建ての敷地となる旨の記載がなされていることからすると、証人乙の右証言部分は、直ちに採用できず、原告の右主張は、採用できない。

また、原告は、近隣土地をB株式会社に売り渡した後、本件土地について薄外処理をした時点で本件土地は確定的に棚卸資産でなくなった旨主張する。原告が本件土地につき薄外処理をしたのは、その所在位置が必ずしも明らかでなく、現実に販売することが困難であったため、やむなくした処理であって、そのことは、本件土地がたまたま所在が不明であったことから、客観的情勢において現実に販売することが困難であったことを示しているに過ぎず、原告において、販売目的を有していなかったことまで意味するわけでなく、かえって、原告は、公団から本件土地の買収の話があった際、原告側において、自己使用目的や第三者使用など買収を妨げるような事情がなかったため、その申入れを受け入れ、当初意図していた目的(販売目的)を達しているのであって、販売目的が失われていなかったことを示している。

更に、原告は、神戸市は本件土地について固定資産税、特別土地保有税を課税していたが、調査の結果本件土地は存在しないとして、平成六年度から非課税とする措置をとっていると主張して、本件土地が棚卸資産でなかったことの根拠とするが、仮に、神戸市が原告主張の措置をとっていたとしても、それは、神戸市の固定資産税などに関する判断であって、それによって、本件土地の性質(棚卸資産かどうか)に直ちに影響するものでない。

二  次に、争点2、すなわち、被告がした本件処分が信義則に反するものであるかどうかについて、検討する。

1  原告は、被告は公団との事前協議の際、本件土地について、「収用等の五〇〇〇万円控除の特例の適用」(甲一〇の1ないし3の欄外の記載)、すなわち措置法六五条の二の適用を受けることができると無限定に証人しているはずであるにもかかわらず、同条項の適用がないとの理解でなした本件処分は、公団に対する説明と矛盾するものであり、信義則に反する旨主張する。

確かに、被告の上級庁である大阪国税局は、公団との事前協議の際、公団による本件土地を含む土地の買取り申出に応じて土地を売り渡した場合、その代金について措置法六五条の二第一項の特例の適用がある旨答えている(甲一〇の1ないし3、弁論の全趣旨)。

2  しかし、証拠(乙五)及び弁論の全趣旨によれば、大阪国税局が公団との間で行った事前協議は、措置法において種々の課税の特例が認められていることから、特例の適用について、爾後に問題が発生することを未然に防止するため、起業者(公団)側の事業(本事業)が措置法六五条の二第一甲の特例の適用対象となる事業に該当するかどうか協議するものであって、原告を含む被買収者側の本件土地を含めた個々の資産の保有状況、性質について協議したり、同特例が適用されるか否かについて個々に判断したりすることまではしないものと認められる。したがって、大阪国税局が公団との間で行った事前協議の右のような性質からすると、仮に、公団が本件土地については措置法六五条の二第一項の適用があると原告に告知し、それを原告が信じたとしても、公団が原告における本件土地所有の目的というような内部事情まで知る由もなく、したがって、本件土地が棚卸資産でないことまで保証したものではないのであって、このことは原告においても知ることができたはずであるから、被告が、本件土地は棚卸資産に該当し、同条項の適用がないとの理由で本処分をしたからといって、信義則に反するということはできず、原告の右信義則違反の主張は採用することができない。

三  以上のとおり、本件土地は、棚卸資産に該当するというべきであり、したがって、措置法六五条の二第一項の適用はないところ、そうすると、原告の係争事業年度(平成七年一一月一日から平成八年一〇月三一日まで)の所得金額、法人税額及び過少申告加算税額が本件処分のとおりとなることは計数上明らかである(原告も争わないところである。)。

四  以上の次第で、原告の件本請求は、理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 水野武 裁判官 中村哲 裁判官 今井輝幸)

(別紙)

物件目録

一 神戸市垂水区下畑町字松山

溜池 一六五平方メートル

二 同所

山林 四三六平方メートル

別表一

自 平成七年一一月一日

至 平成八年一〇月三一日

〈省略〉

別表二

〈省略〉

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